
呪縛

8時間労働の”呪縛”と、働くという情熱について
最近ふと考えることがある。
「8時間の労働なんて、もうなくなればいいのに」と。
もちろん、これは”長時間労働”を肯定したいわけじゃない。
ただ、働くことが”時間で測られるもの”になってから、
仕事にあった熱や誇り、覚悟のようなものがどこか希薄になってしまった気がする。
昔の職人たちは、夜通し火を焚いていた。
音楽家は朝まで楽譜を書き、料理人は納得がいくまで味を見続けた。
そこには「8時間」という線引なんてなかった。
ただ、”良いものをつくる”という一点に
時間も体力も惜しまない「生き様」があった。
今の社会は、効率や制度、働き方改革に守られている。
だけどその”守られる”という安心感の裏で
いつの間にか”燃える時間”が減っていないだろうか?
バランスを取ることばかりに意識が向き
「何かをやりとげたい」「誰かを驚かせたい」
そんな純粋なエネルギーがどこか置き去りにされている気がする。
本来、働くというのは「生きる」という行為の延長線上にあったはずだ。
生活のためだけじゃなく、自分を表現する場であり、
社会と関わる手段であり、誰かの笑顔や感動を生み出す
”創造の現場”だった。
だからこそ思う。
もう一度、ワークライフバランスを”整える”ことよりも
ワーク=ライフという生き方を”取り戻す”時期なんじゃないかと。
仕事と人生を分けるのではなく、
自分の生き方そのものとして「働く」を再定義する。
それは誰かに強制されるものではなく、
自分が本当に「やりたい」と思える瞬間に、思い切り時間を注ぎ込む自由。
”働き方を戻す”のではなく、”働く情熱を取り戻す”
それがこれからの時代に必要な「未来の働き方」なんじゃないか。
並に稼ぐとは、
Time is Money
時は金なり
時間を効率的に使うことが利益につながる。
(工業型社会)
稼ぐとは
Result is Money
結果は金なり
成果こそが価値であり、評価の基準である。
(成果型社会)
と、今はただのひとり言。
